見えない色が見える。【テトラクロマシー】驚異の視覚を持つ女性

Source: BBC

見えないものが見える。それはなにもオカルトに限ったことではなく、普通の人間には見えない色彩を見ることができる特殊な視覚を持った人々が、ごくまれに存在する。

BBC】教師のコンセッタ・アンティーコは、美術の授業のため生徒たちを公園に連れだすと、よくこんな質問をした。「あの水辺で光っているのを見て。──どう? あの岩を横切ってるピンク色の光が見える? あの葉っぱの縁の赤が見える?」彼女の目にはさまざまな色がきらめいているのが見えたのだ。生徒たちは一応みなうなずいてはいたが、それから間もなく、彼女は真実を知らされることになる。アンティーコの目に色鮮やかに見ていたもの──それは生徒たちにはまったく見えていなかったのだ。

今では、それが「テトラクロマシー(4色型色覚)」と呼ばれる珍しい体質のもつ症状だ、ということを自覚している。特殊な遺伝子のバリエーションが、網膜の発達に影響し、テトラクロマシーを持つ人々には、他の人々には見えない色が見えるのだ。

たとえば道端の小石を想像してみてほしい。普通なら冴えない灰色にしか見えないものが、アンティーコにはまばゆい宝石が散らばっているように見える。「その辺の小石が、オレンジや黄色、緑や青やピンク色に輝いて、目に飛びこんでくるんです。ほかの人には見えてないとわかったときには、ショックでした」と彼女は言う。

一芸術家としてアンティーコの描く作品は、テトラクロマシーにしか体験できない特異な世界を、普通の人々の目にも見えるようにしてくれる。

『Bloody Gorgeous Gum Trees! 』Source: Concetta Antico

『Single Bird』Source: Concetta Antico

通常より、色を見分ける細胞の種類が一つ多い。テトラクロマシーのメカニズム

「私たちは本当にみんな同じ色が見えているのか?」という問いは、哲学や科学の世界で長い間考えられてきた疑問だ。過去には、人によってそれほど大きな違いが生じるような理由はない、と思われてきた。それは通常の人の目の構造や物の見える仕組みには、ほとんど個人差はないからだ。

人間の網膜には3種類の錐体細胞があり、それぞれが異なる光の帯域に反応している。物が何色に見えるのかは、この反応の組み合わせによって決まる。正確には人によって少し感じやすさの違いはあるかもしれないが、全体的にみれば、だれかの見ている色は他の人の見ている色と大体同じだ。

仮説によれば、この錐体細胞がたった1つが増えるだけで、通常の人々が見る色に対して、100以上の変化を引き起こすという。同じ現象は自然界にもある。金魚やキンカチョウは4つの錐体細胞を持っていて、一見同じように見える色を、見分けているようなのだ。

『Peacocks On Parade Tetrachromat』Source: Concetta Antico

20年ほど前、ニューキャッスル大学のガブリエル・ジョーダンと、ケンブリッジ大学のジョン・モロンは、人間にも同様のことが起こるメカニズムを説明した。

ジョーダンの説は、人が赤と緑を見分けるときに使う錐体細胞の遺伝子が、X染色体の中にある、という事実にもとづいている。女性はX染色体を2つ持っている (男性には1つしかない)が、それは潜在的に網膜の錐体細胞の形成に関わる遺伝子を2種類持っているということであり、それが影響して4つ目の錐体細胞ができ、テトラクロマシーになる、というのである。そのような理由から、テトラクロマシーはほとんど女性である、としながらも、男性に起こる可能性も完全には否定できないという。

しかしながら、こうした人々が実際に普通とは異なる世界を見ている、と証明するには、20年もの地道な検証が必要だった。というのも、関係があるとされた遺伝子の組み合わせ自体は特に珍しいものではなく、おそらく12%ほどの女性は4番目の錐体細胞を持っている──にも関わらず、彼女らのほとんどは、ジョーダンがテストしても、知覚的にまったく普通だったのだ。

しかし2010年、ジョーダンはとうとう完璧にテトラクロマシーの視覚を発揮している被験者を見つけ出した。ジョーダンの用意したテストは、それぞれ微妙に色あいの違う青と黄が混ざった緑色のディスクを見せる、というものだ。通常の人にはその違いは微妙すぎて、同じオリーブグリーンにしか見えないが、テトラクロマシーの人ならすぐにはっきりと違いがわかるという。

だが実際、それはどんな色に見えているというのだろう? 残念なことに、ジョーダンの被験者はメディアのインタビューには応じてくれなかった。が、ひとたびその「超人的な視覚」が世に知られると、同じようにテトラクロマシーの視覚を持った人々が次々と名乗り出たのだった。

違う色の世界で生活すると…

ニューヨークのジャーナリストで作家であるモーリーン・シーバーグも、そんなテトラクロマシーの一人だ。彼女はラジオでこの話題を聞いた後、遺伝子テストを受けた。

「私は色のことでまわりから同意されないことがよくあったんです」たとえば服を選ぶとき、他人には上下同じ色でそろえたように見えても、彼女にはまったくちぐはぐな色の組み合わせに見える、といった具合に。

その鋭敏すぎる色彩感覚は、しばしばまわりの人間を困惑させるようだ。家のリフォームをするとき、彼女は希望通りのランプシェードを手に入れるため、送られてきたカラーサンプルを 32回も却下した。「このベージュは黄色すぎて、青さが足りない。アーモンドはたまにオレンジ色すぎる」などと言われて、業者はすっかり混乱してしまった。もちろんこれは極端な例で、つねにこんな調子というわけではないが。一見同じ色がテトラクロマシーにはまったく違った色に見える、ということがよくわかるエピソードだ。

『World Famous Panorama, Sydney Harbour, Australia 』Source: Concetta Antico

アンティーコにも似たような経験がある。彼女の家族は、世界が違った色に見える、という娘の不思議な才能に、早いうちから気づいていた。「私が子供だったころ、母に言われたんです。『あなたはきっと芸術家か美術の先生になるわね』と」アンティーコはその予言通り、今ではサンディエゴに自分のギャラリーを持ち、そこで超人的なヴィジョンを駆使して、色彩豊かな作品を作りつづけている。

Source: BBC

この虹色のユーカリの絵を見てみよう。「様々な色が飛び交ってます。イエロー、ヴァイオレット、ライムグリーン──大胆に混色して、樹皮の表面を流れていく色彩の洪水を表現したかったんです」とアンティーコ。写真とくらべると、彼女が一般的な人の目よりも多くの色を見ていることがわかる。

あるとき、そんな独特な色づかいの絵を見た客の一人が、彼女にテトラクロマシーの研究をしている学者と会ってみてはどうか、と勧めた。遺伝子テストで陽性反応がでると、アンティーコはキンバリー・ジェームソンの研究チームの実験に協力するようになった。

『Shiney Moon, La Jolla』Source: Concetta Antico

ジェームソンはすぐに、彼女の遺伝子は、特殊な視覚を与えるのと同時に、少し視界が暗くなるように働いているのではないか? と気づいた。「日の出を描いた作品を見てみると、多くの色彩がローライティングで描かれています」それは単に芸術的な表現によるものではなく、彼女には実際に目の前の風景がそのように見えているのだという。ジェームソンの実験によると、アンティーコには色の輝度も違って見え、薄明りの中で微妙な色彩の違いが浮かびあがってくるらしい。

『Full Moon Magic, La Jolla』Source: Concetta Antico

こうした敏感さは、必ずしもいいことばかりとは限らない。「食料品売り場なんて悪夢のようです。どっちをむいても、ガラクタみたいなごちゃごちゃな色が飛びこんでくるんです。私の好きな色は白だと言うと、みんな意外に思うみたいですが、それは私にとって白は安心できる色だからです。それでも、白の中にもまだたくさんの色を見たりしますが、ストレスになるほどではありません」

とはいえ、すべてのテトラクロマシーが、そこまで際立った能力を持っているわけではない。アンティーコは芸術的な訓練を積んでいないほかのテトラクロマシーよりずば抜けた知覚を持っている、とジェームソンは考えている。「アンティーコは色彩を扱う仕事の中で、知覚的な経験を積むことで、テトラクロマシーの完全なる体現者になったのです」その説が今後もっと裏づけられるなら、アンティーコはテトラクロマシーの子供たちがより能力を発揮できるよう訓練するシステムを作っていきたいと考えている。

『Pride Of Madeira Santa Luz Club, CA』Source: Concetta Antico

最後に、

運命が帳尻を合わせにきたのか、遺伝子的な因果関係があるのかわからないが、アンティーコの娘は色盲である。

だがいつの日か、研究が進めば、だれもが今まで以上に色鮮やかな世界の姿を知ることになるかもしれない。アンティーコは自身の作品を通して望んでいることを話す。

「すべての人に、世界はこんなにも美しい、と気づいてもらえたらと思います」

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