【マーガレット食料雑貨店】黒人牧師が建てたピンク色の天の国【ミシシッピ】

ニューオリンズの空気はとても甘く、柔らかいバンダナに包まれているみたいで、川の匂いがする、たしかに人間の匂いもする。それから泥のも、糖蜜のも。熱帯が発散するあらゆるもので、たちまち、北部の冬のドライアイスが鼻から消えた。
(省略)
「さあ、降りて、川と人間をたっぷり見てこよう。世界の匂いを吸いこんでこようぜ」
──ケルアック『オン・ザ・ロード』

 

Mississippi Folklife and Folk Artist Directry  / spaces / Atlas Obscura

広大なアメリカを北から南へ貫き、すっかり茶色く濁りきったミシシッピ川の下流域。ミシシッピ州ヴィックスバーグ、古き良きアメリカの香りを残すハイウェイ61ぞいに、ピンク色のガラクタをあつめたような奇妙な建物がある。

ここ“マーガレット食料雑貨店”は、かつては、どこにでもありそうな普通の店だった。女主人のマーガレットが、強盗に入られて夫を亡くし、その5年後にデニス牧師と出会うまでは。

デニス牧師は1980年代にマーガレットと結婚すると、地味な建物だった彼女の店を、世界中の人々が見にくるようなすごい建物にすると約束した。

そして店の中も外も、独特な宗教的イマジネーションを爆発させて飾りはじめた。19歳のころから説教をしていたというデニス牧師の創作物には、キリスト教的な言葉が描かれた看板が、ふんだんに盛りこまれている。彼はここを単なる店ではなく、人々が礼拝に集まる場所にしたかったのだ。

「GOD BLESS US ALL ≪神はすべての人を祝福する≫」と書かれた入口。 Source: Mississippi Folklife and Folk Artist Directry

「色とりどりの花なしに美しい花束が作れないのと同じように、肌の色が違っても、私たちはみな神の子なのです」黒い肌の牧師は、「ユダヤ教徒でもキリスト教徒でも、誰でも大歓迎」だという。

新しい看板を増やしたり、色を塗り替えてデザインを変えたり、さらなる装飾をつけ加えたり、と、絶え間なく改装が繰り返された結果、このような姿になった。フォークロア・アート学者のステファン・ヤングは、この建物を“神学の園”と形容している。

古いスクールバスを使った教会。 Source: Mississippi Folklife and Folk Artist Directry

デニス牧師がはじめに約束したように、この特異な礼拝堂は、本当に世界中から多くの観光客を集めるようになった。すると牧師は客を捕まえては長々と説教した。とりわけ話題にすることが多かったのは、現代社会の邪悪さについてで、この店の南にある水上カジノ(ミシシッピ州では、先住民以外は水上でのみカジノを運営することが認められている)には、いつか天罰がくだるだろう、と言っていたという。

馬の蹄鉄を使った飾り。コンクリートブロックの積み方には、第二次大戦中レンガ積みをしていた経験が生かされている。 Source: Mississippi Folklife and Folk Artist Directry

店の内部。ビーズや、クリスマスの電飾、造花、あまりお金のかからないものが使われた。 Source: Mississippi Folklife and Folk Artist Directry

だが、2012年に牧師が亡くなると、メンテナンスが行き届かなくなり、現在では荒廃が進んでいる。おもちゃ箱をひっくり返したような天の国は、彼の言葉とともに葛のつたに覆われて、清も濁も飲みこむミシシッピの泥に還ろうとしている。

 

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