
Source: BBC
色覚異常のある人の割合は、日本では男性で約 5%、女性で約 0.2%。さらに、色というものがまったく見えない1色覚の人となると、数万人に1人の確率だと言われている。
だが、ミクロネシアの小さなサンゴ礁の島、ピンゲラップ島では、なんと人口の約 10%が、この1色覚の全色盲だ。彼らには、紺碧の海も、むせかえるような緑も見えない。白と黒でしか世界を見れないのだ。

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【BBC】この美しい南の島で色が見えない、というだけでも損をしている感じだが、島に住む漁師のヘロルが言うには、ほかにも困ったことがあるという。陽ざしが強いと、露光しすぎた白黒写真のように視界が焼けついて、苦痛を感じるのだ。
「日が照っているときに出かけるのは難しいです。かんかん照りだと、よく見えなくて仕事にならないから」と彼は言う。
また、料理をするとき食材がモノクロでしか見えないと、見分けにくくて困ってしまう。人類の祖先が色鮮やかな視界を手に入れたのは、食べ物が新鮮か、食べごろに熟しているのか、それとも腐っているのか、見分けるためだったのかもしれない。犬は人間より色に鈍感だが、そのかわりそれを補うように、人間よりはるかに優れた嗅覚をもっている。

色覚テスト Source: BBC
でも完全な色盲というのは、本来とても珍しいものだ。色盲のなかでも多くを占めるのは、赤と緑を見分けられないっといった症状で、色盲の強い人でも、正常な人が100の色あいを見分ける場面で、20くらいの色を見分けられる場合がほとんどだという。色覚テストを受けるまで、異常があるとは気づかない人もいるほどだ。
なのになぜ、ピンゲラップ島では、島民の10人に1人という高い確率で、白と黒しか見えない人がいるのだろう?

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実は、ピンゲラップ島は1775年ごろ、津波に襲われて人口の大部分が流される、という大惨事に見舞われたことがある。そのとき生き残ったのはたったの 20人。その中には島の王もいて、彼のもっていた色盲にかかわる遺伝子の異常が、子孫に受け継がれたため今のようになった、と島では信じられている。
そもそも人間が色を見分けるには、網膜にある“錐体細胞”の働きが深く関わっている。通常、人には3種類の錐体細胞があり、目から入ってくる光の情報を、そこで赤や緑や青といった色の信号に変換している。それが脳に送られて、色のイメージになるのだが、錐体細胞の種類が通常より少ないと、見分けられる色の数が減ってしまう。1色覚の人には、この錐体細胞が1種類しかないか、1つもない。
島の隔離された環境と、よそ者と結婚するのを良しとしない文化的な要因が重なり、狭い範囲での遺伝子の交配が繰り返された結果、生存者の中に紛れこんでいた突然変異の遺伝子が、そのまま多くの人に受け継がれることになった、と考えられる。

島の漁師、へロル Source: BBC
おもしろいことに、
へロルによると、サンサンと降り注ぐ日差しの下では、全色盲は欠点になるばかりだが、ひとたび日が沈むと、それが天賦の才になるという。彼は暗闇の中ではよくものを見ることができる。本当によく見えるのだ。
なぜそうなるのかは、まだよくわかっていない。だが、光に敏感なヘロルの脳の一部が、暗闇の視界に特殊な処理を施しているのかもしれない。
なのでヘロルと友人たちは、暗くなるとボートに乗って漁にでる。トビウオをとるのだ。かがり火をぶらさげると、夜の灯りにひきよせられる蛾のように、魚がやってくる。
「こういう漁をするのは楽しいんだ。たくさんとれるとれる時は特にね」とヘロルは言う。「うちで家族が新鮮な魚を待ってるよ。僕たちは市場に行って食べ物を買ったりするのが難しいから、漁が大変でも、楽しんでやってる」
人類の祖先は、木にぶら下がって枝から枝へジャンプするかわりに、二本足で立ち、暖かい毛皮をもつかわりに、なぜかツルツルの肌を手に入れた。おそらくその進化の最初の一歩は、いつも異常ともとれる少数の突然変異だった。
もしも地球の環境が激変して、世界が闇に包まれたら、白黒の視覚のほうが生存に有利に働いて、人類がその方向に進化するということだって、ありえないことではないのかもしれない。
【補足】1色覚とは真逆で、通常より多くの色を知覚できる4色型色覚の例。
見えない色が見える。【テトラクロマシー】驚異の視覚を持つ女性|南怪奇線
【参考】ウィキペディア:色覚異常