
【IFL/Guardian】2019年4月末、ノルウェー北部フィンマルク県の漁師が、ハーネスをつけた奇妙なシロイルカを発見した。専門家によると、この種のハーネスには、カメラや兵器を取りつけることも可能だという。そのため現地では、このシロイルカに対し「ロシア海軍に訓練された動物スパイなのではないか?」との疑惑がかかっている。

ハーネスに書かれた文字
発見した漁師のヨアール・ヘステン氏は、地元メディアNRK Finnmarkに、そのときの様子を語る。「ちょうど網を海に入れようとしていたとき、ボートのほうへ泳いでくるのを見つけたんです。近くまでくると、ハーネスのようなものがついているのに気づきました」
「いつも人や船を探しまわっていて、船を見つけると、船の脇のロープやストラップを引っ張るんです」
ヘステン氏いわく、気を引いて助けを求めているように見えた、というそのシロイルカのハーネスは、ノルウェー漁業局によって、無事取り外された。

だがその後、騒動は思わぬ展開を見せることになった。ハーネスの内側に「サンクトペテルブルク(バルト海に面したロシアの都市)の備品」と書かれていたのだ。

ノルウェーとロシアの間には、フィンランドとスウェーデンがある。が、フィンマルク県の位置する最北部は、ロシアと国境を接している。地理的にロシアの軍事施設にも近い場所にあり、ロシアの原子力潜水艦基地や、ムルマンスク海軍基地から逃げ出してきた、という可能性も考えられる。
一見途方もない推測のようにも感じられるかもしれないが、こうした疑惑の背景には、実際に海洋哺乳類が動物兵器として使われている、というれっきとした事実がある。
アメリカ・ソ連が競い合ってきた海洋動物の兵器化

イルカやアシカを軍事利用する研究の歴史は古く、1959年以来、サンディエゴで行われているアメリカ海軍の海洋哺乳類計画(Marine Mammal Program)では、バンドウイルカやカリフォルニアアシカが、海中の鉱山の探索・障害物の除去・備品の回収・船の警護、などの任務につけるよう訓練されてきた。
そして実際に、ベトナム戦争でもイラク戦争でも、こうした海洋生物の支援チームが、人知れず戦場に配置されていたのだ。

ソビエト海軍も、冷戦中に似たような計画を打ち出していて、イルカを訓練して敵潜水艦に爆薬をつけたり、黒海の沈没船を見つけ出したりした、ということが明らかにされている。ソビエト連邦崩壊後、計画はいったんウクライナ海軍に引き継がれたが、2014年には再びロシアの管理下におかれた。

政府の公式記録でも、防衛大臣が5頭のバンドウイルカを、モスクワのウトリシュ・ドルフィナリウムから購入していることがわかる。(ドルフィナリウムは、イルカやアシカのショーをメインにした水族館のような施設。今ではモスクワの観光地になっているが、起源は70年代にはじまった海軍のためのイルカの訓練所である。モスクワに移る前は、コーカサス山脈と黒海が接するへんぴな場所にあった)
最近では、ムルマンスク海洋生物研究所(ロシア)で、まさに問題になっている「シロイルカ」に、海軍基地の警備やダイバーに道具を渡すサポートができるか──そして必要なら、ロシア海域に入る侵入者を殺すことができるか、研究と訓練が行われた、とGuardianが報じている。

「ロシアでは、クジラ(シロイルカはクジラの一種)を捕獲して調教したり、それを海に放したりするのは、よく知られていることです。そういうクジラは、よく人を求めてボートを探すんです」ノルウェー・アトランティック大学のアーダン・リカルドセン教授は、NRKにそう説明した。
同じく北極圏の海洋生物を研究するマーティン・ビュウ氏も、「このクジラがロシアから来たのだとするのなら、科学者ではなく、海軍のもとからやってきたと考えたほうが妥当でしょう」と、つけ加えている。
今回発見されたシロイルカは、とても人懐っこく人間とコミュニケーションをとっていることから、人に飼い慣らされて訓練された可能性は極めて高いという。
「こちらもまだすべてを把握できているわけではありませんが、私たちと同じように、真相をはっきりさせたいと望んでいるロシアの研究者たちに、もう連絡はしてあります」と、リカルドセン教授は話す。
なお、ムルマンスク海洋生物研究所が調査したところ、シロイルカは、アシカやバンドウイルカに比べて寒さに敏感で、記憶力においても命令を聞き分ける能力においても、現役で働いている他の海獣たちより劣る、とのことである。
研究機関にとっては残念な結果だが、シロイルカにとっては「不幸中の幸い」なのかもしれない。