世にも美しい義手義足の世界【義足のポップスター ヴィクトリア・モデスタからソフィー・ブラスタまで】

漆黒のドレスに身を包み、針のように尖った片足でバレーを踊る、黒髪の美女──ヴィクトリア・モデスタを初めて見た人なら、CGか特殊メイクかと疑ってしまうかもしれない。

ヴィクトリア・モデスタ(Viktoria Modesta)は、出生時に左脚に損傷を負い、その治療のために子供の頃から15回にもおよぶ手術に耐えてきた。が、20歳の時、より機敏に動けるよう自らの強い意思で「切断」を決めた。

左:ライト・レッグ 右:クリスタル・レッグ source: YouTube / altlimbpro

LEDライトで光輝く脚も、スワロフスキーを散りばめた宝石のような脚も、すべてモデスタが切断した左足の膝下にとりつけられた本物の義足だ。

最初に注目を集めたのは、2012年、パラリンピックの閉会式でのパフォーマンスだった。クリスタルの義足をつけて雪の女王に扮したモデスタの華麗な姿は、世界中の視聴者の「障害」に対する感じ方を根底から揺さぶった。

2014年には、冒頭のミュージック・ビデオ『Prototype』(プロトタイプ、試作品)が。障害者に対する思い込みを覆すべく、イギリスのチャンネル4と共同製作された。

「スパイク・レッグ」をつけたモデスタ。source:ELLE

そこには、あるべきものが「足りない」という感じが微塵もない。むしろ、義足は彼女に新しい魅力をつけ加えて、より「完璧」な存在にしているようにさえ見える。

モデスタは失われた脚の代わりにテクノロジーを身にまとう、世界初の「バイオニック・ポップ・アーティスト」と呼ばれることになった。彼女自身が「プロトタイプ」なのだ。

冒頭には、このようなテロップがある。

“まずは、障害についてあなたが持っている先入観を忘れてください”

自分を表現する義肢「オルタナティブ・リム・プロジェクト」

ソフィー・デ・オリヴェイラ・ブラスタと、そのスタジオ。source:WIRED

スパイク・レッグやスワロフスキーの義足を製作したのは、ロンドンのスタジオで数々の独創的な義肢製作を手がけている、ソフィー・デ・オリヴェイラ・ブラスタ(Sophie de Oliveira Barata)だ。

彼女の作る義肢には、一度見たら忘れられないようなデザインのものがたくさんある。

「アナトミカル・レッグ」アフガニスタンで地雷を処理している最中に左脚を失った元軍人、ランアン・シーリーのために作られた。「また自分のつま先を見たい」というライアンの願いから、つま先の部分はリアルに作られている。足の指には、首の後ろの毛を植毛した。デザインは、クジラの骨、木、貝殻、そして海から着想を得ている。source: altlimbpro

ブラスタはもともと、アート関係の出身だった。大学で、テレビや映画の特殊効果用の義肢装具について学んだあと、一般的な医療用義肢を作る仕事を8年間ほど務めたが、次第に、もっと人々の個性を反映した義肢を作るために自分の技術を使えないだろうか? と考えるようになったという。

そして2011年、ブラスタは、着用者のなりたいイメージや、個性を表現した義肢を製作するオルタナティブ・リム・プロジェクト」を立ち上げた。

血管まで透けて見えるリアルすぎる義足。source: altlimbpro

プロジェクトでは主に、「本物の手足と見分けがつかないほどリアルな義肢」と、「作り物であることを隠そうとしない装飾的な義肢」の2種類を取り扱っている。

リアルな手足は、ギプスや写真などをもとに、手作業で製作していく。製作期間は1ヶ月ほど。価格は700〜6000ポンド(10万〜80万円)だ。

アーティスティックな義肢は、依頼人から聞きとったイメージをもとに、ブラスタがアイデアをだし、話しあいながら微調整していく。製作期間は、1〜6ヶ月。価格は1000ポンド(14万円)から、だが、デザイン次第で大きく変わってくる、とのこと。

「スネーク・アーム」リアルな義手と装飾の組み合わせ。肌に割れ目があいている。着用するのは、イギリスの水泳選手ジョジョ・クランフィールド。source: altlimbpro

リアルな義肢は、着用者の元の手足を再現して作られるので、物理的に、その人の外見の個性をコピーすることになる。爪の形や、肌の質感、ムダ毛まで、その人そっくりだ。

一方で、アートな義肢は、内面の個性を表現したものだ。その人の空想や、好きなもの、性格が、デザインに反映される。

2つのタイプは真逆ではあるものの、その人の個性を表現している、ということでは共通している。

「2つの仕事が同じになることはないので、リアルな手足を作る仕事も大好きです」とブラスタは言う。 「でも時には、依頼人のアイデンティティ──彼ら自身が、自分をどんな人間だと思っているのか。そのイメージ──に奥深くまで入りこみ、とても風変わりな手足の製作に取り組むこともあります」

「リアルな義肢と、芸術的な義肢、両方を提供するのは、とても重要なことだと思っています。まったく別物ですから、両方あれば、自分の望む方法で自分を表現できる、と感じられるはずです」

とりわけ、アートな義肢を製作していく過程では、想像力がどのように現実の「物」となり、その人の個性となるか? 垣間見ることができる。

大好きなものを詰めこんだ義足『プリシラ』

「プリシラ」フェイクスキンに入ったタトゥーは、祖父母の結婚式の写真。source: altlimbpro

ゴシックな雰囲気のレースとダイヤに縁取られた義足『プリシラ』の持ち主、ルイーズ・ブルトンは、17歳のときに右脚を切断した。生まれつき片方の足が短くて、うまく地に足がつかなかったからだ。しかし、手術後の自分の姿を受け入れるのは、当時思春期だったルイーズにとって辛い出来事だった。

そんな彼女の考え方が大きく変わったのは、ブラスタのプロジェクトに出会ってからだ。ルイーズは、4ヶ月にわたってメールでやりとりし、自分の好きなものについて伝えた。

フィリップトレシーの帽子、ゴシック風の家、不思議の国のアリスのイラスト、ビヨンセとヴェルサーチのコラボ、沈没船など…

そんなバラバラなイメージをもとに、ブラスタが具体的なデザインや素材を提案していった。その様子はまるで「私の頭蓋骨を開いて、中身をテーブルの上に広げたみたいだった」と、ルイーズは表現している。

source: altlimbpro

そうして生まれたのが『プリシラ』だ。

ルイーズは、プリシラの他にも、普段使い用のリアルに作られた義足も持っている。初めは、その頃履いていただぶだぶのズボンで隠しながら使うように作っていたが、作り変えるたびに細くなって、今ではスキニージーンズに入るほどになった。ルイーズいわく、

「私のリアルな義足のほうは、みんな目に入っていても、話題にするのを恐れて避けようとします。反対に、『プリシラ』は、気の毒さや不運を感じさせない、楽しい話題になるんです。みんなこれを見ると、なんでもかんでも知りたがります」

義肢は、体の動きを助けるための補助具以上のものになりえる。普段は見えない人間の心のうちが、誰にでも見える形になって、本人の体の一部になるのだ。

さらに、表現するだけでなく、超人的な機能をつけ加えることもできる。

人を進化させる、超人的な義肢

「ステレオ・レッグ」をつけたヴィクトリア・モデスタ。このスピーカーは実際に音がなる。source: AJF

ブラスタは教育の一環として、学校で義肢について話しにいったとき、子供たちに「究極の義肢」を描いてみるように言ったことがある。すると、キャンディー・ディスペンサーがついた義足から、虫かごがついた義手まで、おもしろいアイデアがたくさんでた。

もし自分のために義手を作るなら、スマートホンやプロジェクター、裁縫道具などを収納できるようにしたいという。
その気になれば、ドローン搭載の義手を作って、鷹匠のようにドローンを飛び立たせて呼び戻すこともできる。

アニメやマンガには、生身よりも強力な義手をつけたキャラクターが登場することがあるが、現実にそんな人が現れるのは、そう遠い未来のことではないかもしれない。

もし10歳のころの自分に会えたとしたら、なんと言いたいですか? という質問に、ブラスタはこう答えている。

「自分を信じて、行動を起こし、前に進んでいくために、どんなチャレンジでも問題でも、乗り越えていきなさい」

【補足】「オルタナティブ・リム・プロジェクト」のサイトでは、もっとたくさんのユニークな義肢の写真を見ることができる。

参考:Irish Times / ALTERNATIVE LIMB PROJECT / TEDMED / BBC / WIRED / Los Angels Times / ELLE