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【BBC】ロシア、シベリア地方を流れるヤナ川の近く、永久凍土の広がる最果ての地に、延々と広がりつづけるオタマジャクシ型をした不気味な“穴”がある。その名は、バタガイカ・クレーター。
クレーターは“megaslump”(直訳すると“巨大な崩落”)としても知られていて、その種のものではもっとも巨大なものである。全長はおよそ1km、深さは86mにもおよぶ。
しかし、その形はすぐに変わってしまう。なぜなら穴は、驚くべき速さで成長しているからだ。
地元の者は、“doorway to the underworld”「冥土の入口」と呼んで近寄らない。が、科学者たちにとっては大変興味深い場所である。
崩落によってむき出しになった地層を見ることで、かつての世界の様子──過去の気候変動がわかるからだ。また、崩落のペースを観測すれば、現在の気候についても知ることができる。近年崩落のスピードは加速しつづけており、それは永久凍土がますますもろくなっていることを示しているという。
永久凍土には、2種類ある。一つは、氷河期の氷河が地下に埋まったもの。もう一つはバタガイカ・クレーターにあるのと同じ、土地そのものの中で形成された氷だ。こうした氷は堆積した地層の下で、少なくとも2年はかけてゆっくりと凍りついていく。
バタガイカ・クレーターは地下に埋まっていた広大な凍土を切り開き、場所によっては、何千年も前に凍りついた地層を白日のもとにさらしている。

古代の木の根っこ。 Source: BBC
なぜクレーターができた?
このクレーターの起源は、1960年代。急激な森林伐採によって、土地を覆っていた木々の木陰がなくなってしまったことにさかのぼる。日射しが直接地面に降り注ぎ、徐々に大地が温まっていったのだ。森のもたらす水分がなくなったことも、温度上昇にさらなる拍車をかけた。サセックス大学(イギリス)のジュリアン・ムートン氏によると、「日陰と気化熱がなくなることは、地表の温暖化を引き起こします。永久凍土の上の土が温まれば、凍土の氷は溶けていきます。そして一度そのような状態になると、氷解は急激に進んでいくのです」
科学者たちは活発に穴の観測をつづけており、ある研究 (Quaternary Research 2017.2)では、現在あらわれている地層からは20万年前の気候を知ることができるいう。それによると、地球はこの20万年の間に、暖かい“間氷期”と、より寒い“氷河期”を交互に繰り返している。

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穴は今後増えていくかもしれない
ムートン氏は、クレーターの研究はこれから起こる気候の変化を予測する手がかりにもなる、と考えている。
たとえば、12万5000年前の間氷期には、今よりも数度気温が高かった。そして現在、地球は温暖化しつづけている。もし、永久凍土が温暖化の影響で、最後の氷河期の終わりと似たような反応を起こすとしたら? ──シベリアにはこの先もっとたくさんの穴や窪地・湖ができるだろう。
そして氷が溶けるにつれ、これまで10~20mも下に埋まっていた新たな地表があらわれ、地形が変化していくのを目の当たりにするはずだ。これは遠い未来の話ではない。今も永久凍土は目まぐるしく変化しているのだから。

穴の内部の広大な土地。 Source: BBC
深淵からやってくる深刻な事態
アルフレッド・ウェゲナー研究所(ドイツ、ポツダム)のフランク・ギュンターは、この10年間、人工衛星を使って穴の変化のペースを計測してきた。彼は研究の成果をこのように発表した。
穴は一年間に平均して10mずつ大きくなっている。暖かい年には、30mも大きくなったことがあった。
拡大のスピードは、とりわけ速くなることも遅くなることもなく、比較的一定のペースで進んでいる。
しかし穴が年々深くなっていくことは、実は深刻な事態を意味しているのだ、という。
氷河期の氷が溶けていけば、何千年もの間、その中に閉じこめられていた大量の炭素が流れだすことになる。炭素は、微生物によってメタンと二酸化炭素という温室効果ガスに分解され、温暖化がますます加速する、というのだ。しかも永久凍土に埋蔵されている炭素の量は、地球の大気中にある炭素の総量に匹敵するという。
「我々はポジティブ・フィードバックと呼んでいますが」
ギュンター氏の言う「ポジティブ」とは、こういうことだ。温暖化が温暖化を呼び、それがどこかで、大地の形を作りかえる──今地上にある構造物が脅かされることなど関係なく。地球は常にそうやって、自らを“開発”してきたのである。そしてだれにも、この発展を止めることはできないのだ。
シベリアの“冥土の穴”は、今も着々と深くなりつづけている。
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