眠らないとこうなる!? 不眠は人間性を破壊するか?【ロシアン・スリープ・エクスペリメント】

Source: news.com.au

news.com.au】1940年代、ロシアの研究グループが5人の受刑者を密室に監禁した。囚人たちは、実験的に開発された“睡眠を抑制するガス”を吸引した。彼らの会話はモニターされ、マジックミラー越しに行動が観察された。

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最初の数日間は、なんの問題もなく、万事順調だった。しかし5日目を過ぎたころ、被験者たちは徐々にストレスの兆候を見せはじめる。パラノイアのような精神状態になり、おたがいに会話するのをやめた。そのかわりマイクロフォンにむけて、同室者のことについてひそひそと囁くのだった。

9日目になると、絶叫がはじまった。2人の囚人が喉がつぶれるほど大声で叫びながら、走りまわりはじめたのだ。

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それから突然、声は止み、部屋は死のような静寂に包まれた。最悪の事態を想定した研究者たちは、部屋を開けるとアナウスした。しかし中からはこんな答えが返ってきた。

「俺たちはもう自由になりたいなんて思ってない」

実験は続行され、部屋は閉ざされたまま、15日間が経過した。その間、覚醒作用のあるガスが、新鮮な空気のかわりに部屋に供給されつづけた。その結果待っていたのは、さらなる混沌だ。

囚人の一人は死亡した。被験者たちは自身の体を切断し、肉片が床の排水溝に詰まっていた。さらには腹部を切り開き、自分自身の肉を食べたようだった。

それでもなお、彼らはその場から立ち退かされることに激しく抵抗した。研究者たちは、そんな抵抗にあうとは想像もしていなかった。囚人たちは荒れ狂い、そこから出ていくことも、麻酔をかけられることも拒絶した。一人は暴れながら、自分の筋肉を骨から引きはがしさえした。

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どうして自分の体を切断するのか、とたずねると、全員が同じ答えを返した。「起きつづけてなければならないんだ」

研究者たちは囚人たちを殺して実験の痕跡を消したいと思うようになった。が、彼らの指揮官はただちに実験を再開するように求め、研究者たちは囚人たちのいる部屋に入っていった。そして主任研究者は恐怖のあまり、被験者にむけて発砲した。

それによって、生き残っていた2人の被験者が射殺され、その場は完全に隠ぺいされたのだった。

これが有名な“ロシアン・スリープ・エクスペリメント”(ロシアの睡眠実験)として、インターネット上で爆発的に拡散した都市伝説の概要である。

話の出どころは、都市伝説を集めた掲示板であるとされ、もっとも古いバージョンといわれているものは、2010年8月10日に投稿された【Creepypasta Wiki】のページで見ることができる。投稿者は“Orange Soda”というハンドル名を使っているが、実名は不明である。画像はデジタル加工されて作られたものだと言われながらも、いまだにネット上では、この話が真実かどうかという議論がつづいている。

眠らないと怪物になる、とだけ聞いたら、そんな馬鹿な! という気がするが、そんな実験がまかり通りそうなロシアという土地柄といい、インパクトのある写真といい、実験の詳細がかもしだす雰囲気にも妙な説得力がある。

質の悪い白黒の画像であっても、話の時代設定にうまくマッチした。Source: news.com.au

科学者たちは実際に、人間が睡眠をとらないとどんなことが起こるのか? 研究をつづけてきた。

不眠がもたらす幻覚

VICE】オーストラリア大学の神経科学と睡眠の専門家であるダニー・エッカート教授によると、睡眠は、昼の間に細胞に蓄積された化学的老廃物を代謝するために必要だという。

「人間が起きている間、“アデノシン”という物質が脳内に蓄積されます。それが多くなりすぎると、幻覚を引き起こすのです」と教授は言う。

アデノシンは、細胞がエネルギーを生み出すときに、ブドウ糖から作り出す物質である。おもしろいことに、この物質には眠気をもたらす作用がある。動物に注射すればたちまち眠ってしまうし、コーヒーなどの刺激物は、アデノシンをブロックすることで覚醒効果をもたらすのだ。

そうした事実ははっきりしているのにも関わらず、アデノシンがどのように幻覚を引き起こすのか? という点では、学者たちの意見はバラバラだった。モナッシュ大学の神経科学者ショーン博士にいたっては、原因は単なる遺伝子の傾向だと主張した。「もし精神的にストレスを受けやすい人間なら、睡眠のはく奪は、精神病の症状の引き金になるでしょう。でもそうでない人なら、そう簡単にそんなことは起こりません」と。

YouTubeに投稿。ジェス・フランデンの愉快な不眠実験

2012年、ニュージーランドのジェス・フランデンは、個人的に、長時間起きつづけるという実験を試みた。そのときジェスは、“明晰夢”について調べていた。明晰夢とは、夢の中でそれが夢と気づき、夢を意図的にコントロールできるようになる夢のことである。彼女は、YouTube に明晰夢についての動画を投稿していたギズ・エドワードが、睡眠と幻覚の境界について議論していたことをきっかけに、この眠らない実験を思いついたのだった。

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それからジェスは、実に 110時間(4日半)起きつづけ、その実験の様子を YouTube に投稿した。

ジェスによると、この実験のテーマは、ドラックなしに幻覚を見ることは可能か、テストすることだった。その結果、彼女が起きながらにして見た夢──それは色鮮やかで、複雑な宇宙の様相をあらわしていて、とてもシュールだった、という。

ジェスは“焦点発作”と呼ばれるものを体験したことも語った。この症状は通常てんかんにともなうもので、脳の一部が過剰興奮し、痙攣などを引き起こす。発作の間の記憶はジェスにはない。「友達が言うには、私は完全にイッちゃってたらしいわ。頭を激しく振りながら彼に話しかけてたみたい。そのあとは、笑いが止まらなくなってた」

猛烈な睡魔はしんどいが、同時に視覚に愉快な変化も引き起こした。「最初の 24時間は楽勝よ。その後はどんどんきつくなる」ジェスいわく、

「マンガの中にいるみたいだった。人も物も、みんなコミカルに見えて、幻覚もたくさん見るようになったの。車はプカプカ浮いていて、影は木からぶらさがって、通りではゾンビとすれ違ってるみたいだった。雲を思い通りに変化させられるような気がした。スーパーマーケットに行った時は、商品がみんな自分の後をついてくるような感じがした。棚はみんな傾いてきて、今にも倒れそうだった」

ジェスの見た幻覚は愉快で、インタビューに答える様子も明るく元気そうだが、彼女の不眠時間を2倍近く上回り、公共の電波上で騒動を起こした人物もいる。

生放送中に狂ったラジオのDJ

New York TimesWikipedia】1959年、32歳のラジオDJ、ピーター・トリップは、なんと 201時間(およそ8日間)も起きつづけ、タイムズ・スクエアから生放送しつづけた。新聞はこぞって彼の挑戦の進展を書き立てた。リスナーたちはこの驚異の“眠らない男”を一目見ようと、スタジオのガラスに顔を押しつけた。

1948年、タイムズ・スクエアに面した看板 Source: Wikimedia

こんな無茶苦茶な挑戦をしたとはいえ、トリップは決してマシンガントークをかます奇抜な人物ではなかったという。50年代のアメリカのラジオでは、今よりもっと品よく、落ち着いたものが求められ、トリップもまさにそのような仕事をするDJだった。実態はもっとピリピリした性格で、タバコとペプシを朝食代わりにして仕事にのめりこむようなタイプだったのだが。

彼はもうニューヨークでは十分有名だった。が、活躍の場を広げるライバルDJを意識して、自分への注目度をあげようと、眠らない放送“wake-a-thon”(マラソンをもじっていると思われる)を思いついたようだった。

トリップの状態をモニターした学者たちは懸念を示したが、同時にまたとない研究のチャンスでもあったため、終盤になると彼が起きつづけていられるよう薬物さえ投与した。みな、この興味深い挑戦について、気楽に考えていた。

番組のオープニングに撮られた写真では、トリップはとてもリラックスした様子で、望みどおり、観客たちの熱い視線が一身に注がれた。2日後、いたずらっぽい笑顔はしかめっ面に変わり、神経質な様子になっていった。5日目、彼はやつれ、なにかに取りつかれたようになり、少しおかしくなっているように見えた。

しかし状況はもっと深刻だった。トリップは本当に、狂っていたのだ。ちょっとおかしく見えた、どころではない。それでも彼は驚くべき執念でなんとか放送をつづけたが、オンエアのスイッチを切った途端、幻覚にみまわれた。

彼はネズミと仔猫たちが、スタジオで追っかけっこしているのを見た。靴の中はクモでいっぱいになっていたし、デスクの引き出しは燃えていた。たまたまその場に黒いコートを着た男がやってくると、トリップはその男が自分を葬りに来た葬儀屋だと思いこみ、怯えて街中に飛び出した。なので、まわりは彼を捕まえて力づくで連れ戻さなければならなかった。

最悪の時期が過ぎ去ると、彼は13時間眠り、新聞の取材を受けるまでに回復した。一見元気そうに見えたが、後に、情緒不安定や頭痛などの症状を訴えている。彼はその後ラジオ局を追われており、収録中に正気を失ったせいだと言われることが多いが、実際にはこの挑戦からわずか数週間後に発覚したラジオ業界全体を揺るがすスキャンダルに巻きこまれて逮捕されたのだ。その内容は、DJたちがレコード会社から賄賂を受け取って指示された曲を流す、というものだった。

その後、トリップは73歳で亡くなっており、幸いにも致命的な後遺症は残らなかったようだ。しかし、オーストラリア睡眠協会によれば、長期にわたる睡眠の欠如は、脳にたまった老廃物を正常に排出できなくなるため、きわめて危険だという。

不眠が死を招いてしまった例もある。

International Business Times】2014年、熱狂的なサッカーファンの中国人男性が、3日間徹夜でワールドカップのTV中継を観戦しつづけた結果、前述のジェスやトリップより短い時間だったにもかかわらず、脳に負担がかかって卒中を起こし、死亡してしまった。

以上のケースはどれも、個人的な挑戦か、不慮の事故だ。科学者たちが行う不眠実験の多くは、100時間を上限に打ち切られるという。

被験者が精神に異常をきたすまで追いこむ実験は倫理的に問題があるし、ましてや死にいたるまで観察しつづけるとなれば、なおさら不可能だ。もし、そんな実験が秘密裏に行われていたとしても、それが公表されることはまずないだろう。

本当に行われたロシアの睡眠実験─ロシアン・スリープ・エクスペリメント

完全な睡眠の欠如が致命的な結果を招く、ということが最初に科学的論文にまとめられたのは、1894年のことだった。行ったのは、ロシア人の心理学者であり科学者でもある Marie de Manacéineという女性だ。まるであのロシアン・スリープ・エクスペリメントを彷彿とさせるが──彼女が実験のために不眠にさせたのは、5人の囚人ではなく、仔犬だった。

仔犬たちは完全に睡眠を奪われたすえ、数日以内に死亡した。