
水中での暮らし──まるで人魚みたいにロマンチックなアイデアだが、現実にはありえないおとぎ話のようにも聞こえる。
しかし、あるダイバーは10年以上前、海中で2週間も暮らすことに成功した。
【BBC】ディロン・バーキパイルが初めて水中で夜を明かしたのは、10年前のことだった。それでも、記憶はまだ鮮明焼きついている。──入念な用意をして、酸素タンクを2本背負い、予備のセーフティー・ギアを脚につけ、ボートの床を蹴って背中から海に飛び込んだときのこと。
「普通は飛びこんでから、1、2時間くらいで帰ってくるだろう? だから、僕がそれから2週間も太陽を見なかったなんて言ったら、驚くだろうね」と彼は言う。
アクエリアス海中研究所
彼と、仲間の3人の海洋生物学者たちは、水中に飛びこんだ後、ボートに戻るかわりに、アクエリアス水中研究所へと向かった。そこはフロリダ・キー海洋保護区内の、水面から約19メートル下にある。
「暗くなってきてた」と、彼は思い出しながら続けた「太陽が沈んでいくなか、光り輝くアクエリアスに向かって泳いでいくんだ。…まあ実際には、大きな照明で浮かび上がったシルエットなんだけどね。僕が水中で見たなかで、一番素晴らしい光景だったよ」

人類は将来、水中に住むかもしれない
水中で生活するというアイデアは、人類の未来の可能性の一つとして、しばしば考えられてきた。地球規模の災害や、人口過多といった、破局的な事態に陥っても、文明社会を維持しつづけられるよう、水中に居住区を作ろう、とSF的な提案する人もいる。
一方で、モルディブ・ドバイ・シンガポール・ノルウェーといった場所では、すでに水中ホテルの建設計画が進められている。こうした開発は、いつか美しい波の下で生活してみたいというロマンチックな夢を叶えてくれるかもしれない。
でも、今水中で暮らすとしたら、どういうことになるだろうか?
1960年代には、すでに30日も過ごした人がいた

今のところ、水中で生活したことのある人のほうが、宇宙で暮らしたことがある人よりも少ない。
最初の水中住居は、1960年代、ジェイクス・クストーの研究チームが、水深11メートルに建てた「Conshelf I」というドーム型の建物で、男性2人がその中で1週間過ごした。彼らの次の挑戦、「Conshelf II」(1963年)では、ヒトデのような形の建物がスーダンの沖合に設置された。科学者たちはその中で、なんと30日間ものあいだ生活した。

初期のダイバーや技術者たちが立ち向かった最大の課題は、加圧された酸素を長期間呼吸することで体にどのような影響がでるか、理解することだった。海底と同じように空気が圧縮された高圧室のなかで生活すると、どうなるか? 実験がはじまったのは、1930年代のことだ。
数年後、クストーが、人間は海底の密室で1ヶ月間生活できるということを証明した。アメリカ海軍がバミューダの水深56メートルに用意した「シーラブⅠ(Sealab I)」でのことだ。それから、「テクタイト(Tektite habitat)」など、ほんの数件の海中研究所が作られたが、そうした古い建物の中でも「アクエリアス」は、海洋研究者たちのために今でも使われている唯一の海中研究所だ。バーキパイルは、そこで働く数少ないメンバーの1人だ。
水中の住み心地は?
科学は進歩しているのに、クストーの「ConshelfⅠ・Ⅱ」の頃から、変わっていないことがたくさんある。水中住居はいまだに狭苦しく、住み心地がいいとは言えない。


アクエリアスの中の広さは、37平方メートル(約20畳)あるが、そこを5人の同居人たちとシェアして、研究のための設備を置けば、狭く感じるだろう。バーキパイルいわく「よくスクールバスの広さと説明するけど、実際にはバスより狭いよ。テーブルや研究設備があるからね」
研究者たちは交代で食事をとらねばならず、通路をすれ違うときは体をぺしゃんこにして、限られたお湯で短くシャワーを済ませなければならない。バスルームはカーテンで仕切られているだけだ。
食べ物はもっぱらフリーズドライか、ピーナツバターサンドかジャムサンド。火を使って調理することはできない。
食事のことで印象に残っているのは、NASAの宇宙基地に持っていかれずにあまったらしい、ロシア製のフリーズドライ卵だ。だれもこの怪しげな卵を食べる度胸はなかった。

アクエリアスの乗組員は、なにか壊れたときには、基本自分たちで修理しなければならない。水の中には、ホームセンターもガレージもない。バーキパイルはこのような状況を、かつて探検家たちが1年がかりでアマゾンの奥地に分け入ったのと似たようなものだ、と例えた。「そこまで長くないし、遠くもないけれど、本当にそれくらい難しいことなんだ」
海中研究所では、水中に出入りするたびに水面に浮かびあがる必要がないので、通常のダイビングの装備で、より長い時間潜水していることができる。「ここでは、10日間のミッションで、普通なら3〜4ヶ月かかるような仕事をこなせる」と彼は言う。研究チームにとっては、気候の変化や乱獲がサンゴ礁にどのような影響をあたえているか? 理解するためにより多くの時間を使える、ということだ。
アクエリアスのチームは、夏がきたら30日間の滞在をしようかと考えている。これはそれまでの最長滞在記録より、16日間も長い日数だ。
だが、この長さを甘く考えてはいけない。
「2、3日後には、ウェットスーツで、肘や膝が擦れるようになってきて、ひどい目にあうよ。胸や背中が、オムツかぶれみたいになるんだ。8〜9日目には、皮膚がふやけて、紙みたいに薄くなるから、簡単に切れるようになる。それに体も冷える。人の体はそんな風に水にさらすようにできてないからね」
そして10日目には、「もうみんな水から上がる準備はできてた」とバーキパイルは語った。

でも今ならそんな大変な思いをしなくても、水中に滞在する方法はある。いくつかの会社はもうすでに、水中リゾートを建設中だ。フィジーの「ポセイドン・アンダーシー・リゾート」は、ドバイで新しいホテルについて話し合いを進めている。美しい海の中で暮らすという抗いがたい魅力が、一部の人々を虜にしていることを、ドバイの開発者たちは知っているのだ。
エレベーターで簡単に出入るできるようにし、客室は広めにして、熱いシャワーとアメニティーを完備すれば、水中ホテルはアクエリアスより、ずっと快適になるだろう。

一方、バーキパイルのほうは、そんな高級感などまるでない困難な挑戦を前にしても、幸せそうな表情を浮かべている。もし30日間滞在の挑戦を引き受ければ、彼は狭苦しい部屋や皮膚炎、寒さ、その他もろもろの困難に耐えることになる。
「水の中に長くいるっていう独特の視点」は、抗いようがないほど魅力的なんだ、と彼は言う。「そんな素敵なことを、断るなんてできません」
補足:アクエリアス公式HPでは、360度写真・窓から撮影された魚の動画などを見ることができる。
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